2009年11月6日金曜日

3.音響録音再生のデジタル化-3.音響再生のデジタル化

-レコードとしてのCDからデジタル情報容器としてのCDへ

1.音響再生のデジタル化:レコードとしてのCDの登場


 消費者がデジタル録音によって記録された音響をデジタル・データとして使えるようになったのは、1982年に音楽CDが発売されてからだ。デジタル録音が登場してからしばらくの間、消費者が手にできたのは、デジタル録音されたLPレコードだった。それはアナログ再生されるものだった。しかしCDが登場して初めて、消費者個人の家庭でも音響再生はデジタル化された。レコードとしてのCDとは、既にデジタル化されていた録音を補完すべく、音響再生をデジタル化した革命だったのだ。
 音響再生がデジタル化されたことはどんなメリットをもたらしたのか。
 デジタル再生方式では、(デジタル録音方式と同様に)再生時の走行系の問題に起因するノイズや音の変調がほとんどなくなった。また、デジタル再生では音楽再生時の伝送系の信号損失を考慮しなくて良い。つまり、CDはデジタル・マスターそのものの音が再生可能な高品位の音響再生メディアなのだった。さらに、CDに記録されたデータはレーザー光線で読み取られるため、再生時に物理的な接触が生じない。それゆえCDとは、(理論的には)半永久的に同じデータを保持して再生音質を劣化させないメディアだったのだ。もはや何百回も同じレコードを繰り返して聴いたら音溝が擦り切れてしまう、というような不安は無用になった。
 このような音質の劇的な改良に加えて、CDは、音楽再生に本質的に革命的な機能をもたらした。それはTOC (Table of Content) を用いた再生機能だ。TOCはCD読み込み時に最初に読み込まれるデータ領域で、そのCDに記録されている曲数、全演奏時間その他のデータが記録されている。CDプレイヤーの機能によって異なるが、このTOCを用いることで、聴き手は、今聞いている曲が何曲目の何秒目かを表示させたり、ランダム・アクセス・プレイできるようになった。つまり任意の曲順に聞いたり、シャッフルして聞いたり、一曲だけあるいはCD一枚全てあるいは任意箇所だけ反復して聞いたりすることが可能になったのだ。このようなランダム・アクセス・プレイはレコードでは絶対に不可能だった、いわば聴取者の夢だった。CDという音響再生のデジタル化が、この夢を初めて実現したのだ。

2.デジタル情報としての音楽:デジタル情報の容器としてのCD


 CDというメディアは、必ずしも音楽のためだけのメディアでは終わらなかった。音楽CDはCD-DA (Compact Disc Digital Audio) と呼ばれる規格を持つコンパクト・ディスクで、1980年にソニーとオランダのフィリップス社が共同開発して規格化したものだ。以後、CDメディアを用いた規格がたくさん登場する。例えば、1985年にはコンピュータ用データ記録の規格であるCD-ROMが制定され、1988年にはアップルのパソコンがCD-ROMの読み取りに対応した。パソコンにCDドライヴが取り付けられたことで、人々は、CDに記録された様々なデジタル・データを利用できるようになった。また、1990年には写真記録用のフォトCD規格が、1993年には最大74分の動画と音声を収録できるビデオCD規格が定められた。レコードの代わりになるものとして登場したCDというメディアは、その後、音楽以外の様々な種類のデジタル・データの入れ物として発展していった。最も重要なCDファミリーの一員は、1989年に太陽誘電株式会社が規格を制定したCD-R (Recordable CD-ROM)だろう。当初、CD-Rはあまり注目されていなかったが、1996年以降、デスクトップパソコンにCD-ROMドライブが標準搭載されるようになった時期に急成長し、その頃からCD-Rのためのドライヴとメディア価格は低下し、急速に一般に普及していった。これ以降、パソコンを使って個人が、CD-DA(やその他の規格のCD)を作ることができるようになったのだ。
 正確には、パソコンは、1980年代前半から個人が音声を操作編集して音楽を作るために用いられていた。例えばMIDIというものがある。1982年に規格が制定されたMIDIは、今でもDTMをしようとする人にとっては基本的な知識の一つだ。当時のパソコンの性能の限界から、音響の録音・再生やリアルタイムでの音響処理はまず不可能だったし、たいていの場合、パソコンは「シーケンサー」として利用されるに過ぎなかったが、それでもMIDIは、個人が音楽を作るための強力なツールだった(し、今でもそうだ)。とはいえ、MIDIは音声録音技術ではないし、音楽制作手段としても限界が多いことも事実だ。個人が音声のデジタル情報を編集する技術を手に入れるためには、パソコンにCDドライブがつく必要があった。確かに、すぐにCD-DAに記録されていた音楽が全てデジタル・データとして処理されるようになったわけではない(し、今でもPCを経由せずにCD-DAを使用する人はたくさんいる)。しかし、CDドライヴが付いたことは、個人がCD-DAに記録された音楽情報をデジタル・データとして取り扱う端緒となったことは事実だ。パソコン上でCD-DAからデジタル情報を読み取り、さらにはそのデータを編集するソフトが登場することで、CDに収録されたデジタル情報としての音楽の編集可能性は格段に拡大した。ますます、CDはデジタル情報のための容器となり、音声録音・編集技術は個人化していったと言えよう。
 民生用CD-Rドライブが商品化されたということは、これまで完成品の形でしか消費者の元には届かなかった「レコードとしてのCD」を、個人が自由に作れるようになったということだ。音楽はデジタル化されることで、制作と消費の垣根は低くなり曖昧になっていったのだ。(参考文献について:CDファミリーの規格に関する歴史は、簡便な参考文献を知りません。私は、オンラインで読めるソニーの社史などを参照しました。他に信頼できる文献をご存知の方、ぜひともご教示お願いいたします。
The University of San DiegoのSteven Schoenherrが公開しているRecording Technology Historyなど、技術史関連のソースも幾つか当たりましたし、特に誤った情報はないと思いますが、何かありましたらお知らせください。いずれにせよ、論旨が大きく変わることはないと考えてます。)

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