1.アナログな音、デジタルな音
音とは、空気などの媒体を伝わる振動のうち、人間の耳に知覚されたものである。(人間の可聴域はおよそ20hz-20khzとされる。)時間を横軸に、振幅を縦軸にとることで、この振動は波形で表現できる。正弦波や試験放送の音波などの人工音は規則正しい単純な波形になるが、全ての現実音はたくさんの倍音を含んでおり、かなり複雑で不規則な形の波形となる。
この複雑な波形の連続的な変化をそのまま記録するのが、アナログ録音である。アナログ(analog)とは「相似、類似の」という意味である。原理的には、エジソンのフォノグラフやパウルセンの磁気録音以来ずっと、音の記録・再生はアナログ方式だった。例えばレコードの音溝には原音の波形の変化がそのまま記録されているし、テープ・レコーダーには、電気信号に置き換えられた音の連続的な変化が、磁性体の微粒子の方向変化として(つまりアナログな変化量として)記録されている。理論的には、波形を記録する装置の精度が高ければ、デジタル録音よりもアナログ録音の方が原音と再生音との誤差を小さくできる。しかし現実には、アナログ録音再生方式ではテープやディスクを走行させる必要があり、録音媒体の運用動作に起因する機械的な問題は避けられないので、デジタル録音以上の高い音質は理論的な可能性でしかない。
そうしたアナログ方式の限界を克服するものとしてデジタル録音再生方式は登場したと言えよう。デジタル(digital)とは元々ラテン語で「指、指の」という意味だった。数を指で数えるという原義から、連続量を離散的な数値化して処理する方式を意味する。デジタル録音は、連続的に細かく振動している音を、極めて短い時間で瞬間的に区切って記録する(サンプリングする)。「デジタル」録音とは、本来は連続的な現象である音を極めて細かく切り刻み、数値化し、0と1の二進法で記録するものだ。後述するが、デジタル録音再生方式はアナログ録音再生方式とは異なり機械的な問題はあまりなく、音質も格段に上昇し、使用者の利便性も格段に向上した。(アナログ・デジタル録音再生方式に関しては、中村2005や日本音響学会1996といった、音響科学入門書を参照。)
2.音のデジタル化
音響録音と再生のデジタル化は、まず、1980年代にPCM録音システムというデジタル録音方式が一般化し、次に、CDを用いたデジタル再生方式が一般化することで達成された。CDは、1982年に世界で初めて日本で発売された。そして数年のうちに、レコードにとってかわって主要な音楽再生メディアとなった。CDは、日本では1986年には生産金額でLPレコードを上回り、1989年には音楽ソフトウェア市場の売上の97%以上を占めるに至った。
登場した直後のCDは、レコードの代替物、「レコードとしてのCD」だった。しかしCDは、0と1という数値で記録できるデジタル情報なら何でも記録できるを規格だったので、音楽以外にも様々な情報を記録できる媒体でもあった。1985年にソニーとフィリップス社が共同でCD-ROM規格を規定し、1988年にはアップルからCD-ROMを扱える民生用ドライブが登場した。1988年にはデータを書き込めるCD-R (Compact Disc Recordable)が開発され、1996年にはパソコン用CD-Rドライブが商品化された。こうして、パソコンとパソコン上でCDに記録されたデジタル情報を個人が利用できる環境が整うことで、CDはデジタル情報を記録するための容器となり、音や音楽は容器に限定されないデジタル情報になった。音楽と記録メディアとの物理的な結びつきが脆弱化したのだ。
デジタル情報となることで音楽は無限に複製され拡散するものになった。デジタル情報となることで音楽はネットワークの中で流通し、ネットワークに接続できる場所ならどこからでも入手できるものとなった。音楽は「水」のようなものになったとさえ言われるようになったのだ。(「水のような音楽」という発想は、クセック・レオナルト2005から学んだ。)
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