2009年9月11日金曜日

1.音楽と「レコード」-1.「レコード」の誕生

1.「レコード」は音を記録し、音楽を商品にした。


 音楽が小売業者が扱う商品になったのは、19世紀末に「レコード」が発明されたからだ。それまで、音や音楽は生じた瞬間だけその場に存在してその後は消えるものだったし、他の場所では聴くことができなかった。しかし1877年にアメリカ人のトマス・エジソン(Thomas Edison)が「フォノグラフ(円筒型蓄音機)」を発明して以降、音と音楽は物理的に記録されて復元されるものになった。こうして「レコード」以降、音楽は記録された媒体で小売される、小売商品になったのだ。

 エジソンが発明したフォノグラフは、円筒に巻きつけた錫(すず)箔に記録した振動を音として再現できる機械だった。これは個人が音を録音することができた。また1887年には、エミール・ベルリナーなる人物が「グラモフォン(円盤型蓄音機)」という機械の特許を申請した。これは円盤型の機械で、円盤上に記録された振動を薬剤で固定して凸板を作り、凸板を用いて作った複製から音を再現できる機械だった。グラモフォンを使って個人は録音できなかったが、円盤型のレコードは複製の制作が簡単だったので、記録された音楽を売買するレコード産業においては、円筒型ではなく円盤型が普及することになった。円盤型のグラモフォンのおかげで、レコード産業は音楽産業として発展していくことになったと言えるだろう。

2.「レコード」は初めから音楽のための機械ではなかった。


 とはいえ、「レコード」は、初めから音楽を記録して再生するための道具として発明されたわけではない。
 まず、エジソンの「フォノグラフ」には先駆的な発明があった。フォノグラフが発明される30年前にフランス人のレオン・スコットが発明した「フォノトグラフ」という機械だ(Sterne2003, WP1-4参照)。これは、音を記録する機械だったが音を再生する機械ではなかった。「フォノトグラフ」は、「phon + auto + graph」という名前の通り、音声(phone)を自動的に(auto)書き写す(graph)装置で、音を再生するための機械ではなかった。そもそも「フォノトグラフ」は、科学者たちが、空気振動という物理現象を視覚的に記録するための機械として考案されたものだった。これは原理的には後のフォノグラフの先駆的な装置だったが、記録された波形を実際に鳴り響く音へと復元するメカニズムは持っていなかった。「フォノトグラフ」にとって重要だったのは音を視覚的な記録として残すことだったので、視覚的な記録をさらに聴覚的な音として復元するメカニズムは不要だったのだ。
 また、エジソンの「フォノグラフ」は、はじめは音楽のために使われる道具とは考えられていなかった。例えばエジソンは、フォノグラフを商品として売り出すために10個の利用法を考えているが(エジソン1878、細川1990、ジェラット1981など)、それらは基本的には(速記者やタイピストの代わりとなる)口述記録機械(口述の記録と再生)としての用途だった。

3.音楽産業としてのレコード産業の成立:円筒と円盤の対立


 初期のレコード産業は必ずしも「音楽産業」ではなかった。「レコード」が音楽鑑賞媒体としての存在感を示し始めたのは1890年代以降である。エジソンをはじめ、多くの発明家、実業家たちによる様々な事業化が試みられていたが、音楽産業としてのレコード産業が確立して「レコード」が音楽の容器としての存在感を示し始めるまで、フォノグラフが発明されてから少なくとも10年以上かかったのだ。また、私たちが普通「レコード」という言葉で思い浮かべる音楽記録済みレコードは、1887年にベルリナーが発明した「グラモフォン(円盤型蓄音機)」である。グラモフォンも、発明後に改良が重ねられて1895年にベルリナー・グラモフォン社が設立されるまでは本格的に事業化されなかった。
 エジソンはレコードは「発明」したかもしれないが、後に主流となった円盤型レコードを発明したわけではない。円筒型のフォノグラフには自分で録音できるという利点があったが、円盤型のほうが大量生産が格段に容易だったので、記録済み音楽を売買するレコード産業においては円盤型が普及していった。エジソンは円筒型のレコードに拘り続けたが、1902年にはエジソン社ともう一社しか円筒型は生産しなくなり、1929年には円筒型レコードの生産を中止してレコード業界から撤退した。録音機能がなかったグラモフォンこそが後の「レコード」の直接的な先祖となったのだ。

まとめ


 あるテクノロジー、ある技術が発明された後、それがすぐさま現在のような形で使われるようになることはあまりない。「レコード」もその一つで、初めから音楽のための「メディア」として発明されたテクノロジーではない。また、あるテクノロジー、ある技術が、たった一人の天才によってゼロから発明されるということもあまりない。「レコード」に類似した技術は既にエジソン以前に存在していたし、「レコード」は、エジソンのフォノグラフよりも、後のベルリナーのグラモフォンこそが直接的な先祖である。テクノロジーと、それが社会的に定着した形態である「メディア」は異なるのである。

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